タミヤについて

ホワイトパッケージの登場

ホワイトパッケージ初期のタミヤ製品は、まだボックスアートは外注で対応しており、主に小松崎茂、高荷義之、上田信、平野光一などが担当しました。
商品イメージ・世界観を広げる「動きのある構図・絵物語風」な迫力のあるボックスアートが主流を占め、タミヤの商品イメージ向上に大いに貢献しましたが、スロットレーシングカーから背景を書かず商品だけを描いた白バック「ホワイトパッケージ」が登場して、より精密に書き込まれたボックスアートへの路線変更が行われました。
この試みは評判がよく、その後発売されるタミヤ製品は航空機・艦船模型など一部の模型を除きホワイトパッケージに切り替わっていきます。
初期のタミヤブランドイメージ作りに寄与した小松崎茂のボックスアートは、上記のボックスアート戦略の変更、商品の絶版に伴い現在のタミヤ製品からは殆ど姿を消しています。
1970年代以降、欧米においてボックスアートの背景に描かれた「箱に入っていないアイテム」が、「誇大広告」に該当する可能性があると問題になり始め、タミヤ製品も輸出に際して指摘を受け、一部戦車模型の背景のアイテムを加筆修正で消す処理が行われました。